議論はいつも同じ第一原理から出発してもらいたいが、その場所はベッドの中でも、ボートの中でも、砲塔の中でも、どこでもやればいい。
よい習慣というやつがこんなふうに何となく恐ろしげに育って行くのは、実は、ただのしきたりなればこそ悪用される美徳を大事とみなし、しきたりでは絶対に確実な判断のできない美徳、たとえば天来の慈悲心とか、ふと湧いた廉潔心といったような、にわかに生じたすばらしい美徳を小事とみなすことにほかならないのです。
かりにそういう働きかけが心の中に突然出てきた時に、われわれはいつもしくじることになるでしょう。
朝五時に起きるのには慣れることができます。